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2004.04.21

「フェスティバル能狂言」を観る

大阪・フェスティバルホール

舞台は本舞台と橋掛はあり、背景は鏡板の代わり?に
アルミのような長方形の板が三枚天井から吊ってあり
その後ろに、老松代わり?の若松と枯れ枝(枯れ幹という
サイズであるが)が大型の環状に組まれたアレンジメント
能の時にはアルミ板の代わり?に本当に反射する鏡状の
ものがアレンジメントの両側に三枚ずつ下げられた
(場面によっては演者の背中が鏡に映るのも見える)

「木六駄」
太郎冠者・万作、伯父・・・万之介、茶屋・・・萬斎
主・・・高野

見どころはもちろん万作さんの「牛追い」
広い舞台を活用し、舞台の左袖にある
舞台と同じ高さの花道風通路から登場し、本舞台の外周を
ぐるりと回って、橋掛の後ろ側から鏡の間にあたる
幕の左側に後ろに回りこんで、橋掛りから再登場という
仕掛け

幕開けには渋すぎる選択だけれども、万作さんのこだわりが
ひしひし。

「靱猿」
大蔵流茂山家によるものは初見。
大名・猿曳の装束の違いもさることながら
猿の動作が万作家にくらべて非常にナチュラル
なことに驚く

千作師の大名を見ると、何故猿曳きを許したのかというのが
理屈ではなく、千作師自身のキャラクターで理解できて
しまうところが凄い

「加茂・御田」
大槻文蔵師のシテに、宝生閑師のワキ、間狂言の「御田」の
神主として萬斎さん

「御田」は前に「狂言座」で「田植」として独立した演目として
観た記憶があり、その時は何故これで一曲になっているのが
いまひとつ判らなかったが、前後の能を見て納得できたのが
最大の収穫。

萬斎さんの神主はやはりビジュアルとしての美しさが
最大の強みだが、今回は烏帽子との相性が悪かったのか
「踏む」「飛ぶ」が多かったからなのか、烏帽子が
ずるずると額に落ちてきて、舞の合間に直すのが大変そうで
若干お気の毒。

しかし何より注目すべきは、間狂言の間も、囃子方が
能と同じく正面を向いたまま演奏をしていたこと。
この日の大鼓の亀井広忠さんと萬斎さんとは、以前に
能楽堂での狂言公演でも同様の「実験(もしくは冒険?)」を
したことがあるとのことだったので、そのあたりは
観ていてなるほどとも。

演目・演者とも豪華で華やかな、いかにもフェスティバル
らしいものだった

もうここまで会場が大きくなると
通常の演能とは明らかに異質のものだと観るほうも
思わないといけないとは思っていたのだが、
結局は見所(客席)の反応が気になり続けてしまった

能を見慣れていない客が多かったとはいえ、
間狂言が終わったところでの大拍手もビックリしたが
上記の萬斎さんの烏帽子トラブルや、「靱猿」での
いくつかのアクシデント(大名の外した笠が思わぬ方向に
飛んでしまったり、猿の烏帽子がなかなか
付けられなかったり)を、忍び笑い以上に笑うのには
強い違和感を感じた

狂言がいくら笑いの芸能といっても、こういうところは
笑いを取るところではないし、ほかに笑うべきところは
あるわけで、こういうアクシデントには余り反応しないのが
オトナだと思うだけれども。
どうも今回に限らず、最近の見所は安手の笑いというか、
どこか笑ってやろう笑ってやろうという、強迫観念に近い
とも思われる妙な雰囲気があるのでは?と思わなくも無い。

これは自戒を込めて、である。

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