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2004.04.22

久習会を観る

国立能楽堂。

主催者の師匠である橋岡久馬師が急逝されたばかりで
橋岡師が勤められる予定だった演目と「角田川」の後の
附祝言が省略された

仕舞の後、狂言「通円」
シテ・・・萬斎、ワキ・・・高野、アイ・・・竹山

なかなか狂言公演では出ないのは、これが能「頼政」の
徹底的なパロディだからで、もう観ていて声は出せなかったが
大受けしてしまった(もっと笑いが出ると思ったのだが
見所が静か過ぎた・・)

聞きどころは、「頼政」の能に出てくる謡を
通円という茶人の話に原文をパロディ化してのシテの謡。
シテが幽霊なので、専用面「通円」をかけっぱなし。
ビジュアル優先の萬斎ファンには魅力の無い演目かもしれないが
萬斎さんは割と演劇的に表情を見せてしまうタイプなので
逆にそれを殺ぎ落としての表現は新鮮だった

驚いたのは地謡だけのために、万作、万之介両師が
登場されたこと。
先週の「新宿狂言」の「花折」の地謡と比べると格段の
違いである。
また、冒頭、ワキと後見座の良乍師との謡の掛け合いも
珍しかった。

能「角田川」は、結局はワキの宝生閑師の謡の素晴らしさに
やられました。子方も可愛くて、ついホロリ。

***************************************
しかし、この会で最もすばらしいのは、余韻を楽しむという
目的などから、アナウンス、開幕ベルといったものは一切せず、
また、終演時の拍手もしないでください、という主催者の呼びかけ。

元々あのシテ、ワキ、地謡、囃子方と入るたびに中途半端に
パラパラと起こる拍手に気持ち悪さを感じていたので
我が意を得たりって感じである。

入り口で渡される、文字だけの地味なパンフに数行そうした
注意が書かれているだけなのだが、それでも全ての曲の
最後に全く拍手はなく、また、結構な迫力のベル音なども
なくても、ちゃんと開始時間、休憩終了間際になれば
客は見所に戻った。

HPでもこの趣旨は標榜されているので、このパンフの
言葉だけで全員が理解したわけではなく、そういう共通理解が
元々あったから徹底されたのだと思うが、はっきり書いてしまえば

<<なんだ、やればできるんだ!!>>

ということ。
下手にアナウンスやらベルが流れるから、みんなそれに依存して
ダラダラするが、ないと判れば余裕を持って戻ってくるもの。

いや、実にすっきりした会だった。


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