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2004.07.25

『「高野聖」~夢幻能形式による』を観る

新宿・紀伊国屋サザンシアター

万作師門下の石田幸雄さん、淡朗さん親子主演による
泉鏡花の「高野聖」。明治期の有名な小説を
能の形式に再構成するアプローチ。

演出は花組芝居の加納幸和さんで、他の出演者も
花組芝居の人たちなど。

原作は残念ながら現時点で未読だが、老僧(石田幸雄さん)が
若い男に、昔山の中で出会った、不思議な女性の物語を語る。

舞台は能舞台を意識して、四隅に縄を巻いた柱、舞台の中央には上から
五本に分かれる縄が下がり、さらに天井からは無数の細い縄が
下がっている。セットの小道具は一切無し。

石田さんは途中までは話を語る老僧、そして途中からは
若き頃の自分(淡朗くん)を泊めてくれた謎の女性を演じる
(もちろん衣装は替えたが、それも能風に唐織(多分)を
羽織り、狂言風にびなん鬘をつけただけで女性となっている

ちょうど、直前にSEPT企画の「現代能楽集Ⅱ<求塚>」で
現代劇からの能へのアプローチを見たばかりなので、
鏡花作品は「現代劇」とは言わないけれども、能・狂言の手法を
使っての新しい演劇へのアプローチという、逆の試みを
興味深く観た。

語る老いてからの僧と若い頃の自分が同時に舞台に立ち、
行く手をさえぎる大蛇を「のしきって跨ぐ」と石田さんが語ると
淡朗くん演じる若い頃の自分が
「え~~こんなでかい蛇を跨ぐの?」と語り手で
ある自分に抗う、とか、疲れてしまった自分を「自分で自分を
励ましながら歩いた」というところでは、石田さんが淡朗くんの
襟首をつかんで歩いて見せたり、というあたりは、
語りと動きの相互作用というか、実に現代的なスタイルを
見事に見せた感じ。

動きの多い冒険もの的な前半に比べて、後段、謎の女と
若き僧の話が若干冗長な部分であったり、妙に説明的すぎる
部分があったが、見事に「夢幻能形式」にはまっていた

ただ、能には「面」という、最強の武器があったのをまったく
使わなかったのはちょっと残念。
全員が直面だったので、話が具体的になりすぎたように思われる
どうせなら、女であるとか、コロスとか、どこかで面を使うと
効果的ではなかっただろうか?

ちなみに客席に萬斎さんとお弟子さん二人、「ハムレット」の
翻訳者・河合祥一郎さんをお見かけする。
それに気が付いた客席が妙に開演前、終演後そちら方向に
ばかり気をとられていたのが、なんとも大人気ない・・

尚、この夢幻能については別項「求塚」レクチャー(3)にて
また記録する予定。

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コメント

かのこさまが冗長と感じられた部分、実は相当気に入ってしまいました。どちらかと言えばいかつい印象の石田さんが間をとったセリフ回しが奏功したのか凄みを感じさせるほど妖艶で、淡朗君扮する修行僧の後ろにすっと立った時など正直背中がぞくぞくしました。淡朗君も完全な男性になる一歩手前の、あまり生々しくない色香があってとても美しく感じました。それにしても父が美女となって息子を誘惑するシーンが成立してしまうこと、それを違和感なく演じる人がいること、妙な怖さを感じつつ見入ってしまいました。

投稿: 真葛 | 2004.07.25 22:45

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