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2004.08.05

「求塚」ポストトーク<抄録>野村萬斎×鐘下辰男

随分日が経ってしまったのだけれども、
7/15の「求塚」(シアタートラム)上演後に
行われたポストトークの抄録。

劇場で取った手書きのメモを元にして、
一応、当時の雰囲気が伝わるように
会話風にまとめてありますが、前後を変えたり
言葉を補ったり省いたりしていますので
そのまま復元ではありませんし
しかも若干勘違いもしている可能性もありますが
ご了承を。

また、質疑応答とか、ほとんど芝居を
見ていないと判らない部分は省き、
鐘下さんの作劇・演出に関する部分、
能の立場からの萬斎さんの発言を中心にしています

「求塚」7/15 ポストトーク (シアタートラム)
 21時10分頃~
出演:野村萬斎氏、 鐘下辰男氏(『求塚』作・演出)
司会:松井憲太郎氏(世田谷パブリックシアター)
 
この公演の舞台が、舞台を前後両側から客席が挟む
スタイルになっているので、ポストトークもそのスタイル。
舞台真中の穴を挟んで、右に萬斎さんを扇の要として、
穴の左奥に鐘下さん、手前に松井さんが座るという配置
(一応、出入り口に近い方の客席を正面としての位置表現です)

萬斎さん、登場するなり「池」を覗き込む

松井「まずは萬斎さんに、今回の『現代能楽集Ⅱ』で
   能の現代化を鐘下さんに依頼された経緯について
   お願いします。
   鐘下さんには台本の候補の中から『求塚』を選ばれた理由を」
萬斎「依頼は(「Ⅰ」の)川村さんと同じ時期、確か2年前
    でしたね。
    能が世界遺産に指定されたことでもあり、
    日本で培われた演劇を演じるだけでなく、現代劇の
    人に利用してもらいたいと思いまして。
    能の現代化ならば三島由紀夫の『近代能楽集』が
    ありますが、三島は昭和の戦後にスポットを 
    当てているし、(扱っているものに)現在能が多い。
    本当は能には幽霊が出てくるものが多いの 
    ですが。で、川村さんは現在能をお選びになり
    ましたが、鐘下さんの『求塚』は複式無幻能で、
    現代劇化しづらいものでした。
    お二人は全く違うアプローチをされましたね。
    川村さんはどう能のドラマを借りるか、
    という構造の部分でしたが
    鐘下さんは何を取り上げて、どんな風にするのか
    と楽しみでした」
鐘下「困ったな~と思いましたよ。能を知らないので。
   学生の時に見て寝た記憶しかないし、知識も 
   無いし、これはイチから勉強しないとと・・」

萬斎「『求塚』を選んだ理由は?」
鐘下「どうせやるなら、三島さんの
   (「近代能楽集」に収められた作品)以外にしようと。
   三島さんと比べられたくないし、つまらないですから。
   で、何本か提案を頂いたのですが、だいたい能は
   一対一の関係が多いのですが、『求塚』だけが
   一対二だったので、これなら現代化できるかなと」
萬斎「二年前に鐘下さん演出の『藪の中』を見たのが
   印象に残っていて、『求塚』も (男女関係と
   か推理劇として)同じ構造なのでお奨めしたのです。
   共同体について、『藪の中』では身分の違いとか、
   社会とかとして出てきますが、お好きなんで
   すか?今回は一人の女が、学園都市ニュータウンと
   村の出身者の間で揺れる物語になっていましたが」
鐘下「好きというか、これは単なる男女の物語か?
   と思ったんです。こんな心情吐露がされている
   ものが何百年も伝えられたのは、何か裏にあるのではと。
   そこで着眼したのが、男の一人が他国の者だったと
   いう点で、民俗学では 他国の者を受け入れるには
   仲介者、つまり巫女が必要らしいと。
   で、男女の物語の陰に、共同体の問題、支配・
   被支配の構造が隠れているのでは?
   と思ったわけです」
松井「鐘下さんにはかなり参考になる本をお渡ししたのですが、
   その中に巫女の話についての物もあって、
   折口信夫の本では、共同体の中での女はシャー
   マンだという説があって。二人の男を選べないのも、
   巫女が処女として神にのみ仕えるからだという話から、
   <悲恋もの>という話もあったのですが。
   芝居に登場するニュータウンとかは、
   <少年A>の事件のあった須磨のニュータウンが
   モデルですよね?」
鐘下「少年Aの事件も、古い村の上にニュータウンを作ってるんですよ」

萬斎「原『求塚』に戻る作業は能を意識したのですか?
   一回リハーサルを拝見したのですが、
   動きがつく中で演出面で能へのアプローチを
   意識されましたか?舞台両サイドに人(観客)が
   居るというのとか?」
鐘下「能の俳優というのが、見られる存在だというところを
   入れたかったんです。
   現代の演劇は演技を見せるだけですが、役者に
   観客から見られることを体感させるために(舞台)両側に
   客席を作りました。それと動きに無駄が無いように、
   かなり動きを決めました。
   俳優は不自由をしているはずです。
   俳優が<曝される>ということを意図的にやった。
   実は能の本を読んでいて面白いと思ったのが、
   面についてでした。
   はじめ、能の人は楽に見えたんです。
   素顔を見せないので守られていると。
   ところがそうではなかった。
   (面をかけてしまうと)自分の(全身の)姿を
   見ることができないので、不安になるんですね。
   そこが面白かったので、俳優を不自由にしてしまおうと」
萬斎「役者は大変だ(笑)。あの(靴音が良く鳴る)靴は仕掛け?」
鐘下「あ、鳴るようにしてあります」
萬斎「あれがリズムを作るんですよね。
   能の擦り足の運びに似ているなあと思いました。 
   それに能のやり方を意識的に現代に読み取っていますね。
   例えば(現代劇では当たり前の)対峙してセリフを
   言うということで役者の磁場ができるのを、
   向かい合わないことで役者を
   オブジェ化するという感じがしましたが」
鐘下「意図的にしています」
萬斎「今日の演劇において<型>が有効かどうか、
   ということですよね」
鐘下「演技を殺ぎ落とすことで広がりを持たせようとしたんです。
   現代演劇は、意味を限定しよう、客に判るように判るように
   している。それを殺ぎ落とすとストーリーに限定されない、
   というか、磁場から出てくるものが広がりをもたせる
   ために有効かなと」
萬斎「『オイディプス王』をやっていて、蜷川さんと
    格闘したのは、能というのは、叙事的に語るのに
    慣れているので、抒情的に語れない、フラットに
    物を提示しすぎるといわれたことでした。
    直情的というか、感情について考えて探しました。
    しかし(「求塚」は)常にスリリングな動きですね」
鐘下「狙った、というか気が着いたんです。
   現代劇俳優の語りがナルシスティックであるのに対し、
   能役者の語りと言うのは全然違うものだということだと」

鐘下「通常(現代劇)の台本だと、実は10時に
   みんなあの部屋にいた。あの時間に何があったかと
   いうのをやってしまう、それを敢えてやらない、
   そういう突き放し方が実現できたかなと」
萬斎「ストレスは無かったですか?」
鐘下「新しいことに興味が湧きました。客の反応というか、
   ここで終わりかよ、とか。結論を書くつもり
   だったのが思い浮かばないのか、とか(笑)」
萬斎「観客にも放り出されて想像する人もいるし、
   怒り出す人もいますね。『オイディプス王』の
   ギリシャ公演に行った時に、4000人入る劇場で
   『アイコンタクトしろ』と指示されたんですよ。
   客がフラストレーションを持つと言われました」
松井「蜷川さんに?」
萬斎「そう。でも段々気持ちよくなるんですよ」

この後に質疑応答
合計1時間程度。
本来30分程度のはずだったのが大幅にオーバーして
22時過ぎに終了。
                       


   

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コメント

ポストトークのときに「求塚」を見に行きたかったんですが、今は仕事の都合で5時おきなのでプレを見ました。
このレポートを読んで「なーるほど」と思うところがありました。参考になりました。ありがとうございます。

投稿: もも | 2004.08.06 00:02

同じ場所で同じ話を聞いたはずなのに、自分の耳の性能を疑ってしまいます。なんとなく消化不良でよくわからなかった箇所(靴音の話のところ等)が、このレポートでやっと納得、そういうことだったんだと理解出来ました。いつもながら感謝です。 

投稿: 真葛 | 2004.08.06 23:16

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