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2004.10.06

「リア王の悲劇」ポストトーク(1) 

※舞台写真が世田谷パブリックシアター公式サイトにアップされました

10/2(土)終演後
演出・佐藤信&翻訳・近藤弘幸 

司会「まず、今回新訳でやる、と決めた経緯などを…」
佐藤「石橋さんに『リア』をやってもらいたくて、
   演出プランを見せながら台本を読んでもらったのが
   『訳が面白くない』と言われて、ならば
   新訳にするかと。それも今まで演じられていない版でと」
近藤「『リア王』には底本が二つあり、一方(二つ折本)は演劇的、
    もう一方(四つ折本)は文学的だと言われています。
    例えば二つ折本には、狂ったリアが荒野で椅子を娘に
    見立てて裁判をやる、といったシーンがありません。
    このシーンは舞台で成立させるのが難しいシーンで、
    ひょっとすると上演の時に上手くいかないので切った
    可能性があるんです。
    それと二つ折本は長いけれど、常に舞台上でアクションが
    途切れないので、意外に長さを感じない。さらに今回はそれを
    カットして、今回は当初180ページあったものが150ページに
    なっています

司会「演劇プランについては?」
佐藤「今回の翻訳については、近藤さんが学者として
   訳していない、つまり、訳というのは
   たいてい学者さんがやると、つい翻訳が注釈に
   なって長くなってしまう。で今回は書いてある
   言葉以上に補わない、そして訳を日本語で読んで
   判らない部分はカットする、という方向でした。
   例えば(日本人に馴染みの薄い)神様の名前、
   当時の風俗などはカットしました。
   そのために、普通だったら絶対カットしないような
   セリフもカットしてるんですよね」
近藤「そう、所謂シェイクスピアの名セリフ、みたいなものも。
   説明的に訳さない、注釈的にしない、ということだったので、
   例えば、変装したケントがリアに自分を売り込む時の
   有名なセリフに『魚は食わない』というのがあって、
   これはカソリックではなくプロテスタントだである、
   という意味だとか、魚を食べるような軟弱なヤツではない、
   意味だとか言われているのも、あえてセリフには入れずに
   台本に注釈として入れて役者さんに情報として
   与えただけになっています。
   それから人称代名詞の問題があります。
   王には<Royal we>といわれる、
   自分のことを<we>と呼ぶ呼び方があるのを
    どう訳すのかということについて、
   男性は<余>という言葉を宛てたのですが、
   女性の場合も今回は<余>という言葉を宛てています」

司会「今回の特徴は?」
近藤「スピードが速い、ということですね。
   また、締めのセリフを四つ折本ではオルバニーが言っている
   のですが、二つ折本では同じセリフをエドガーが
   言っています。とにかく、近代劇にはありえない
   速度で話が進むのでラストになって、
   突然エドガーがやる気満々になって「余は」とか
   言ってるんですけどね(笑)」
佐藤「やってみて判ったのはスピーディだということです。
   それから長いのである程度はカットしていますが、
   場面ごとカットするとわかりにくくなるので、
   場面の中のセリフをカットしました。
   特に手塚(とおる)さん(道化役)のセリフは宛て
   書きかと思うほどです。
   道化のセリフは前から判りにくいと不満を持って
   いたのですが、今回は100%判る翻訳にしました。
   特に芝居自体からは外れるセリフ、道化がスポットライトを
   浴びて客席に向って言う第二モノローグを生かしての
   上演は初めてかもしれません」

Q&A
1)ラスト全員勢ぞろいの時に、コーディリアだけ死体(人形)で
  道化に抱えられて出てくるのか?
佐藤「最後のシーンのコーディリアを人形にする、
   というのは私とか(石橋)蓮司さんがアングラ出身のことも
   あって『リアの最後はアングラだよね』ということと、
   死体はモノであるという意味を見せたかったからです。
   冒頭の(リアがコーディリアに愛情を示せと言った返事の)
   「Nothing」に呼応し、ラストのリアのセリフ『この唇を』
   については、冒頭でコーディリアの返事を待つ時に、
   絶対リアはコーディリアの唇を見ていたと思うのですが
   その時はそこから出た言葉は「Nothing」だった
   けれど死体(人形)となっては、その返事すら聞けないと
   いうことの象徴ですね。
   それから最後のシーンで道化にコーディリアを抱かせましたが、
   ちなみにこの二役は同じ役者がやることも多いのです。
   後半道化が出てこなくなるのもそのためです」

2)舞台のコンセプトについて。特に階段にしたのは?
佐藤「蓮司さんがリアをやると、多分かなりエモーショナルな
  リアになるなと思ったのです。実際本人も
  『焼き鳥屋のおやじでやるよ』って言っていて。
   確かに「リア王」は家庭劇的なところが大きいですからね。
  ただ、一方で権力闘争など社会的状況を負った部分も大きいので、
  できるだけ役者を動きにくくしようと思いまして。
  しかもあの衣装、10kgくらいあるので、
  さらに動きにくくなったと思います。
  ところが役者って階段好きなんですね。
  しかも階段の最上段に行かないと正面を向けないらしくて
  上へ上へと行きたがるんですよね(笑)
  稽古の時は私が何回も階段を往復させられました」
   (ちなみに階段の角度45度くらいあるらしい)

3)道化のセリフの「月見そば」って原本は?(笑)
近藤「スープみたいな表現です」

4)衣装についてのコンセプトは?
佐藤「私や石橋さんが新劇からアングラに行った理由の
   一つには、(新劇のパターンである)タイツを履いて
   『ハムレット』とかやりたくない、というのがありまして
   (会場爆笑)それと舞台が紀元前5世紀のブリテンという、
   架空のものなので、(デザインの山口小夜子さんとは)
   『蒙古班のあるリア王』にしよう、つまり、非西欧的なものを
   狙ったんです。
   それと、かっこよくやろうとすると(アイディアとして)
   出てくるモノトーンはやりたくなかったんです。
   階段がモノトーンなので、衣装はカラフルにしたかった。
   それからこれは小夜子さんから聞いたのですが階段は
   それ一段一段では狭い面積だけれど、布で裾を引く事によって、
   広い面積を占有することができるという効果があるんですよね。
   稽古場に小夜子さんが布を持ち込んで自分で布を
   まとって見せてくれたのですがさすがにすごい
   着こなしでした」

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