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2004.10.06

「リア王の悲劇」を観る(2回目)

実は先週末1回目を観て困ったことがいくつかあって
その中の一つが登場する人物の何人かに
ついての「この人だれ」問題。
今回の新訳はまだ市販されていないので
仕方なく松岡和子訳(ちくま文庫)で確認したところ
どうやら、紳士・医師・従者とかあるいくつかの
名前の無い役を同じ役者が兼ねていることがわかった。
しかし、せめて帽子ひとつなり取り替えてくれないと
「たしかさっきあの人死ななかったっけ?」とか
「この人、この人の部下だったっけ?」と
思ってしまうのですけど。役を兼ねる割には
衣装が派手だから印象に残ってしまうのです、多分。

次がこれ、結構決定的だったのだけれど
石橋リアのセリフがところどころ「?」だったこと。
前回の席が究極の前列だったので、これで
聞こえないのは声量のせいではなさそう。

で、仕方なく、2回目は文庫本持参。
休憩時間と終演後に「?」部分を確認することに
なっちゃいました
(まるで能の謡本状態・・・・)

1幕目はもろもろの理由で全然集中できず、
(これは長くなるので別項)
2幕は笑いを取りながらもすごく良い緊張感があって
よかっただけに、フランス軍との合戦シーンの
スローモーション+鼓童音楽が1回目観た時は
さほどでもなかったのですが、背景映像のショボさ
(理由はポストトークで判りましたけど)と
あいまって、そこまでの理詰めのトークバトル状態の
芝居にヘンな間ができ、こちらの緊張が解けて素に戻って
しまったのは逆効果でした。

さらにそれに追い討ちをかけたのが
最後の最後、佐藤信さんが
「アングラのアイデンティティ」と呼んだ
コーディリア人形が、かえって<お笑い>さながらの
興ざめを感じてしまったのは
皮肉としか言いようがなさそう。
(というか、もう登場の前から「この緊張感で人形が
 出てきたらお笑いだなあと予想しちゃったのですが)
ただし、「こういうのはやめて欲しいよなあ」と
リアと人形の芝居を見ながら思ったことが、
芝居そのものに対しての生理的嫌悪感なのか、
リアの老醜・狂態に対してなのか
その相乗効果であれば狙い?とも思えて
よかったのですが。

これに限らず全体に佐藤演出、というもの自体が
相当な部分、階段という装置との戦いに費やされて
役者ご苦労様状態になってしまった感じ。

特に頭から階段をにじり下りてくる道化、殺されて
「蒲田行進曲」の<階段落ち>なみに落ちる
エドマンド、ラストにリアを持ち上げる4人と
下からまるで何かの時のためにつきそうケント公。
楽日までに事故がない事をと思ってしまいます

ちなみにこの舞台、その装置の高さゆえ
多分1階後列、もしくは
2階あたりの席が観るのにベストかも。
(萬斎版「ハムレット」も城壁の上シーンはすべて
 3階席がベストポジションで、1階席では
 上の芝居が完全に見切れてましたっけか)

舞台感想以外の話と、ポストトークについては
別項。

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