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2004.10.07

「リア王の悲劇」ポストトーク(2)

10/5(火)終演後

演出・佐藤信
  × 
世田谷パブリックシアター芸術監督・野村萬斎

芝居が19時からで終演が22時半
それからちょっとの間をおいてのトークということで
かなり遅い時間の実施でした
時間にして20分~25分くらいだったでしょうか。
終了が23時
遠くから来ていた方は帰りが大変だったかも。

話は一連でしたが、幾つかトピックスについて
小見出しをつけてみました

尚、これは参加しながらメモしたものを元に
会話スタイルに私が再現したものです。
趣旨はこのようですが、この通りにお話しに
なったのはありませんし、何よりこちらの
手書きのメモが違っていたり、私の理解が
しっかりしていなくて勘違いした部分もあるかもしれません。
それから舞台を見ていないと判りにくい部分
などは私の判断で削除してあるところもあります

以上をご理解の上、抄録としてお読みください

★セットの話
司会「まず、萬斎さん、感想を」
萬斎「興味深く拝見しました。稽古場にも一度伺いましたが、
    大階段がまるで宝塚(笑)
   役者は大変でしたでしょうが演出の力もあって
   乗り越えましたね。階段を思いついたのは?」
佐藤「役者を動きにくくしようと思いまして(笑)
    シェイクスピアは元々舞台装置のないところで
   演じられていた芝居なので、できるだけ説明的
   なセットのないようにしたかったのと、
   荒野のモノローグのシーンと宮殿のシーンを
   どう(両立させる)か、という問題。
   それから蓮司さんがリアをやると、多分かなり
   エモーショナルなリアになるなと。
   情念の部分は出るので後は周りとの
   権力争いの部分も大きいので、
   通俗的に判りやすいセットにしたかったのです。
   で、駅などいろいろな大きな階段を実際に
   チェックして、転ばないが立つと動けない
   サイズを考えたらこうなりました。
   ただし、稽古の時は私が演出をつけるたびに
   何回も階段をのぼらされましたけど(笑)」
萬斎「対人関係の構図が、平面でやるよりも、
   階段だと 俯瞰で判りますね。
   構図の芝居というのは、古典的ですし。
   それに階段はリズムを生みますね。
   能舞台でも「運び」というものがあります。
   なにより想像力をかきたてますね」
佐藤「上から下を見るっていうのは大きいですね」

★衣装の話
佐藤「(衣装デザインの)山口小夜子さんによる
   今回の衣装は10kgくらいあるのですが、
   階段は1段は小さい平面なので、立つと
   一人が小さく見えるが、布を引くと大きく
   見えるのです。
   日本の伝統的な「運び」にも関係ありますが
   足を見せるとか、足を隠すことによって
   身体を大きく見せられますし」
萬斎「稽古場での衣装も見ましたが、クリムトの
   絵のようですね。柄があってパッチワークのようで
   退廃をイメージします。
   また小津映画では『足の裏が見える』と言いますが、
   これほど背中の見える芝居はないですね。
   背中の威力を感じますし、背中で人間が
   大きく見えますね」

★翻訳の話
萬斎「嵐のシーンは祝詞を唱えているようでした。
   シェイクスピアの翻訳というのは韻文の
   翻訳というのも難しいですが、どうやって
   それを日本語化するかが難しいですね」
佐藤「翻訳家というのは普通、英文学の研究家が
   やるのでつい翻訳が注釈になって長くなって
   しまう。例えば、変装したケントがリアに
   自分を売り込む時の有名なセリフに『魚は食わない』
   というのがあって、これはカソリックではなく
   プロテスタントだである、という意味だとか解釈が
   あるのですが、今回は注釈をつけずに簡潔に
   原文どおりに訳して、それで判らない部分は
   カットする、という方向でした。
   それと紀元前5世紀頃なら自然信仰的な
   部分もあるだろうと、蓮司さんと話をして
   荒野の部分はセリフの順番を入れ替えたりも
   しています」

★舞台と映像の話、そしてセリフの話。
萬斎「自然との関わりといえば、映像と芝居の部分
   もありましたね」
佐藤「舞台というのは自然が苦手なので、
   照明だけでは駄目だと言う事で、映像のロケを
   しました。本当はイギリスに行かないといけない
   のですが、予算がなくて国内で撮ったので、
   和風です(笑)伊豆なんで、
   もうちょっとで大室山が見えそうとか。一応台風
   の時でしたが・・・」
萬斎「シェイクスピアは饒舌なので、自然と描くと
   ダレるんですよね。それにしても今回は
   セリフに無駄がありませんね」
佐藤「シェイクスピアの台本というのは、
   グローブ座で上演された時はどうやってセリフを
   聞かせるか、例えば余り意味の無い言葉でも口調と
   して伝えたいという部分がありませんか?
   日本語でいう、ツラネとか繰り返しとか。
   今回はそういうわからないセリフをなくしました」
萬斎「意味の判らないセリフを言う苦痛というのはありますね。
    今回はどれくらいカットされたんですか?」
佐藤「元々二つ折本は四つ折本より200行ほど
    短いのですが、さらにそれからカットして」
司会「180ページあった台本を150ページまで
    カットしました」
佐藤「場面ごとカットするとわかりにくくなるので、
   場面の中のセリフをカットしました。
   リアだけを描くとつまらなくなるので、
   周りの人物も描こうと」

★照明の話
萬斎「照明が禁欲的で、全体に当たっていますね」
佐藤「最初は蓮司さんにフォロー(スポットライト)を
    当てていたのですが、どうも商業演劇的に
    なってしまうので(やめました)。
    それとリア中心にしてしまうと他の登場人物が
    無駄に見えてしまうのです」

★演出について
萬斎「稽古はいかがでしたか?」
佐藤「蓮司さんのためにかなり早い段階で
    演出プランを立ててました。
    実は嵐のシーンはエフェクト(特殊効果)が
    なくても面白かったのです。
    何しろ映像がどれだけ床に映るかが判らなくて、
    保険をかけていろいろ照明とか仕込んでました」
萬斎「役者は嵐のところは盛り上がりますよね。
   あれは外界の嵐と(リアの)内面の嵐が続けて
   描かれるので、動きは少なくて。
   どちらかというと祈りのようでした。
   和楽器とかを使っていましたが(音楽は鼓童)、
   能でいうクセというか、そういうものとか地謡とか
   を意識されましたか?」
佐藤「シェイクスピアを日本人がやるのであれば
    欧米人にできないものを自然と考えますよね。
   それに私や石橋さんが新劇からアングラに
    行った理由に(新劇のパターンである)
   タイツを履きたくない、というのがあって、
   要は自分たちの身体に合った芝居をやりたいと。
   (衣装デザインの)山口さんとは 
   『蒙古班のあるリア王』にしよう、と言ってました」
萬斎「シェイクスピアを日本語にというのと、
   古典を現代にという点がポイントですね」
佐藤「まずは芝居としての面白さは基本ですね。
   シェイクスピアは客の前で出来上がってきた
   芝居なので、手ごわかったですが」
萬斎「手ごわいけど面白い」
佐藤「(コーディリアの)人形はアングラ丸出しですよね。
   本当は(コーディリア役の)石橋けいを出せば
   泣かせられるんですが。
   別に蓮司さんが人形でないと重いから
   (持てない)という訳ではないのです(笑)
   また、リアのセリフに『ボタンを外せ』という
   のがあるのですが、そういうキャパシティのある
   セリフがシェイクスピアには多くて、
   それをどう演じて返すか、というのがポイントなのですね」
萬斎「つまり、セリフと演劇の間の埋まった
   芝居ができないと、つまらない、無駄に長い(芝居)
   ということになってしまう」
佐藤「そこを気持ちでというよりも、演劇的にどう
   埋めるかですね。
   辻(萬長)さんのように声に表現力があるか、
   若さのようなエナジーで引き受けるしかない。
   それを考えると近代劇では今回のように
   様々なジャンルの役者が集まってできるものは
   無いかもしれません」

司会「最後にこうした公共の劇場でシェイクスピアを
   やる意義とは?」
萬斎「(文化の)遺産をどう生かすか、古典は
    公共の財産ですし、古典はキャパシティを
    持つものなので、単なる置物にしないで、
    分かち合うことでしょうか。
    単なる商業演劇とは別の意味を持っていると思います」
司会「ありがとうございました」

終了

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