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2005.04.29

「野村万作・萬斎狂言会」を観る

神奈川県民ホール

大好きな「武悪」を楽しみに見に行きましたが
やはり配役で見え方がかなり変わり、また
新しい側面を発見できた、興味深い公演でした

萬斎さんの解説に続いてまず
『墨塗』
大名:万之介
女:石田
太郎冠者:高野

このところの万之介さんのシテぶりには
本当にワクワクしているのですが、今回の
この<遠国の大名>も、「あの方」への
表情だったり、太郎冠者とのやりとりであったり
ともかく、軽妙にして洒脱、愛嬌がありながら
ふっと人の本質を見せる雰囲気が良かったです。
会場が広いせいなのか、いつもよりも女の
顔への墨のつけ方がダイナミックだった気がします

休憩を挟んで『武悪』
武悪:萬斎
主:万作
太郎冠者:深田

深田さんの太郎冠者ははじめて観た気がしますが
友情に篤い、エネルギッシュな冠者でした。
そのため、主と太郎冠者との関係性よりも、
太郎冠者と<あとふどころにぬるように>育った
武悪との、若者同士の友情に焦点が当てられ、
後ろから討とうとしても討てず、切れ、と武悪に
直られては尚更切れない、という苦悩あたりが
かなり前面に出て、また武悪もその潔さが強調され
なにか司馬遼太郎か藤沢周平の小説でも
読んでいるような感じがしました

ただその分、もともとなぜ武悪に対して「切れ」と
主が思うほどに関係が悪化していたのか、とか
本当に武悪は主に対して思うところが無かったのか
とか、そのあたりの武悪の人間性の複雑さは
薄れた気はしました(何より萬斎さんの武悪は
爽やかな若者にしか見えないですしね)

年齢の高い演者同士だと、もっとお互いの
腹の探り合いのような感じになりますし、
またこれが他家や他流儀の方との共演となると
独特の異質性が出て緊張感が増します。
今回は、主vs武悪+太郎冠者という雰囲気に
なりましたが、割と太郎冠者の存在感が
薄い場合もあって、本当に「演劇」っぽい面白みを
また発見した気がしました

大ホールということで、狂言に対するスタンスが
様々な客層で、若干心配したのですが、解説中に
一度着メロが鳴った以外は、割と静かな客席でした
(咳はちょっと凄かったかな・・・?)

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コメント

かのこさん、こんにちは。

かのこさんの解説で、あらためて狂言も演劇なんだな~と思わされました。かのこさんの古典、現代を問わない幅広い観劇体験からの「配役による見え方のちがい」たいへん興味深く読ませていただきました。

投稿: susie | 2005.04.30 02:31

susieさま
コメントありがとうございます
(ちょっと誉められすぎですが・・(^^ゞ

狂言でも「棒縛」「附子」など、
普通に笑えるだけの演目だと
さほど演者による違いはないと
思うのですが、「武悪」や「二人袴」
などは各キャラクターの性格が
演者のイメージから付け加わる部分が
あって、それこそが、歌舞伎や文楽、
能なども含めて、繰り返し同じ演目が
上演されるスタイルのものが
「また同じ演目か~」といわれず
支持される要因だと思っていますが
如何でしょう?
(ダブルキャスト、トリプルキャストの
 東宝のミュージカルの似たような
 ものかも・・・)

投稿: かのこ | 2005.04.30 08:49

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