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2005.11.01

能楽劇「夜叉が池」を観る

オーチャードホール

初めて行ったのですが想像以上に広かったです。
1階最後方席だったので、舞台の役者がとても小さくてびっくり。
細かい動きや表情が全然見えず。
萬斎さんを見るならもうちょっと奮発するべきでした

1部は半能「石橋」
梅若晋矢師とそのお子さんが獅子の精。
装束を付けない、紋付袴でのものでしたが、偶然つい先日、
新橋演舞場の「三響会」でも晋矢&中村勘太郎の
「石橋」を見たばかりだったので、着けていない装束とか
振り毛を目で補って見ていましたし、逆に装束の下
(特に足とか)が判って興味深かったです。
会場が広いのを意識したのか、「石橋」ではいつもそうなのか
私の席では音が変わっていたのか判りませんが、広忠さんの
掛け声が常ならぬ感じでそれが一番びっくりでした。

30分という長い休憩を挟んで(新宿御苑の「森の薪能」からの
萬斎さんの到着待ちだった?)「夜叉が池」開演

能+狂言(萬斎さん&茂山家若手3人)だけでなく、
宝塚元トップスターにバレエダンサー、落語家に新派、
現代劇の役者までと本当に様々なジャンルの役者による
コラボレート。
萬斎さんが良く言っている
「ジャンルを超えた<JAPANESE THEATER>」の一つの
テストパターンかもしれませんが、ここまで「寄り合い所帯」で
一体どんな芝居が出来上がるのか、見る前は全く想像できず、
正直かなり心配(不安?)でした。

ストーリーを書くのは大変なので省略しますが、とにかく
フツウの演劇に、六郎師による能の様式での龍神のような
人ならぬ存在と、茂山家3人による、狂言「文荷」
(さらに元は能「恋重荷」)をアレンジしたようなアイ狂言、
さらにそこに萬斎さんの「敦」や「子午線の祀り」を連想させる
語り(朗読)と芝居が絡むという複雑な仕組み。
萬斎さんは白地の着物に鶯色?の袴という、明治時代の
文士を思わせる衣装にちゃんと化粧。
一緒に行った友人は「『夜叉が池』じゃなくて『金色夜叉』でも
始まるのかと思った」と冗談を言っていましたが、本当に
手に本(台本?)を持っていて、まるで<書生さん>でした

「夜叉が池」の、というか泉鏡花の持つ現実と虚の入り交ざる
劇構造は確かにこういうさまざまなジャンルでのコラボを
受け入れる土壌はあるのだとは思いますし、萬斎さんの
語り口、壇さんの美貌と歌の上手さ、英太郎さんの技巧、
何より六郎師の存在感とチャレンジ精神には確かに凄いものを
見たなとは思うのですが、やはり観劇前の予感どおり、
どこか落ち着かない、この形態でならばこそ!という説得力を
持つにはまだどこか隙が多すぎる舞台だった気がします。
梅田芸術劇場とこの日とたった二日の公演だけでは勿体無いし
もっと煮詰め、枝葉を切り落とせば何かもっと切り口が
見えてきそうな気がします。
再演希望ということで。

ところでロビーで販売していたプログラム(2000円)が1部後の
休憩までに完売、希望者には郵便による送付での対応になって
いましたが、こんなこと滅多にないこと。
大阪と合算で準備したのかもしれませんが、それでも2会場
合わせた席数分も準備していなかったのでしょうか?
これは完全な手抜かりですね

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コメント

かのこさま

感想ありがとうございました。梅田芸術劇場でも会場準備に時間がかかって開演が15分遅れました。幕間は25分でした。プログラムも初めから部数限定を表示して売られていました。

かのこさんのご意見に共感する部分が多いです。ただ私は檀れいさんの台詞がききづらかったのが少し残念でした。萬斎さんや茂山宗彦さん逸平さん童司さんは期待どおりでした。南光さんや小米朝さんが台詞を話した途端、大阪ではどっと笑いがおこったのですが、東京ではどうだったのでしょうか?初めて観た英太郎さんや梅若六郎さんはただただ凄いなと感じました。小林十市さんの台詞が聞き取りやすくてよかったです。

映画版で百合の役を玉三郎さんがなさったと思うのですが、そういうのも面白いかもと思ったりしました。

投稿: kari | 2005.11.01 22:36

かのこ様。こんばんは。
場違いな所への書き込み、お許しください・・・。
(日にちが経った所だと気付いていただけないかと思い、
こちらに失礼してしまいました。)

『天保~3回目を観る』のところに先日書き込ませていただいたのですが、
ニナガワスタジオの『2005・待つ』
本日、原田琢磨くんのブログで中止が発表されていました・・・。
これで、諦めがつきました(泣)

ご存知でしたら、何度も書き込み申し訳ございません。
かのこ様も楽しみにしていらしたのでは・・・
と思いまして。


バレエ鑑賞で何度か行きましたが、
オーチャードホールはかなり広いですよね。
本来はバレエやオペラ、クラシックコンサート向きのようですよ。


投稿: 抹茶みるく | 2005.11.01 22:42

 個人的にはほとんど楽しめませんでした。その責任の半分くらいは、舞台装置にありです。かなりの方が面をつけての演技で視野は極端に狭くなっているはず、シテ方はその上に長袴を付けての登場とあって動きにくさは想像以上とおもえます。それなのになんであんなにたくさんの階段、しかも幅や段差、向きも不規則で動きがどこかぎこちなく萎縮しているようにみえても致し方なし。階段を行き来するときに足で段差を探らずにおりてこられてのは奇跡としか言いようがありません。ただ、はらはら心配で物語に集中できないこと悲しくてなりませんでした。

 それに美術全体がいやに即物的で鏡花世界のこの世ならぬ雰囲気を期待していた舞台からはほど遠く、幕が開いた時点で気持ちがかなりひいてしまいました。紫と白の長いしめ縄がついた鐘楼の鐘、ドンと音をたてて降りてくる障子、あまりにありありとつくりものの草や夕顔。あとで確認したらあの「楡の木」の方だったんですね。相性悪いんですきっと。

 いきなり登場してまるでコンサートのように歌わされた気の毒な男性二人はご自分達がなぜここにいるのか理解できていたのでしょうか。萬斎さんの化粧は不要、檀さんの声は聞き取りにくく、救いは小林十市さんのお声と演技のみ。茂山家のお三方はこってりした装束のせいでほとんど動けず、せっかくの六郎師の白雪も童に手を引かれなければ一歩も歩けないのでは姫というより老婆でしょう。そうそうたるメンバーの囃子方にいたっては照明なしで下手暗闇での演奏は本当にお気の毒。融けあう要素が少なく、観劇前のいやな予感がそのままあたってしまった気がします。予感がしたなら行かなきゃいいのに友人に言われましたが、本当にそのとおりでした。

 最後に帰り際に手に取った「至高の華」の会のチラシ、目が点になるほどの恥ずかしい誤植あり。回収しなくていいのかしら、と心配しつつもめずらしいのでつい持って帰ってきました。

投稿: 松風 | 2005.11.02 00:05

松風さまの「萬斎さんに化粧は不要」という感想に、つくづく同感いたしました。私もそう思います。

投稿: kari | 2005.11.02 00:26

kariさま
東京では出演の落語家の方に全然なじみが
なかったせいか(少なくとも私は知らない方)
そこでは何の反応もなかったです。
壇さんのセリフは機械的な問題よりちょっと
早口で音が割れる感じだったのと、あと
歌の担当の人はみんなちょっと音が
割れたりくぐもったりしてました
(私の席が上に2階席が被っているところ
 だったせいなのか、音響さんのミキシング
 ミスか?)
萬斎さんの化粧ですが、私の席ぐらいからだと、
ファンの私には化粧してるなとわかりましたが、
見慣れてない人には素顔に見えたかも、という程度しか見えて無かったです(笑)
玉三郎さんって私の中では「天守物語」の
印象も含めて元々<鏡花役者>のイメージが
あるので、馴染みますよね。
ただもうその場合は他の役者は要らないくらい
インパクトがありそう。

しかし、パンフレットの限定数発売に
何の意味があるんでしょうね?
あとから郵送するくらいなら最初から準備
しておけばよかったのに。

ううむううむ。

投稿: かのこ | 2005.11.02 10:53

抹茶みるくさま
ええ~中止ですか!メンバーを見て相当
楽しみにしていたのに残念。
とは言いながら、結構ハードな12月観劇スケジュールのどこに
これを押し込むか悩んでいたので、半分
ちょっとホッとしてます(^^ゞ
情報ありがとうございました!

投稿: かのこ | 2005.11.02 10:55

松風さま
コメントありがとうございます。

実は公演の帰り道、すでに
「きっと松風さまは辛口評だろうなあ」と
思っていました(^^ゞ
確かに装置は絶対最大の問題ですよね
朝倉さんは(はっきり書いちゃいますけど)
演者がどういうシチュエーションで演技を
するのか考えてあのセットを作ったのか、
本当に疑問です。
それにあそこまで奥に深いセットだと前方席で
見えない部分ができていたかも知れませんね。
そうそう、落ちてくる障子には私もびっくり
(装置ミスかと思ってました)
私も本当にこの方の美術の時って相性悪い
んですよねえ。(最近だと「楡の木陰」
「エリザベスレックス」)
ともあれ、先日の「三響会」でもちらりと
思いましたが、装飾なし、ミニマムな空間で
観客が想像力を働かせるのがお約束になっている
能狂言を、そのまま過剰装飾の演劇舞台に
持ち込むのは、観客側の生理的にも、空間
との兼ね合い的にもかなり厄介な事に思えました

そうそう、誤植の件は別のトピックと一緒に
別項エントリーしようかと思っていたところです。
有り得ないことです、本当に。

投稿: かのこ | 2005.11.02 11:16

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