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2006.03.07

え、それって?!

去年秋の「夜叉が池」(オーチャードホール)は私の中では
様々な要素から、役者の頑張りが痛々しく、いかに萬斎さん
ご出演といえども、舞台として完全ではなかった趣旨を以前
書きましたが、その脚色・修辞を担当された能楽評論家が、
最近さる雑誌に、この作品について
『台本構成担当のわたくしがこう言っても無責任とは思わないが、
 演出不在の失敗だった』
と書かれています。

ひょっとしてこれは誤植でしょうか?

いや、何と言うか、私など凡人の持つ日本語の文法感覚では、
また心情的にも自分が関わった作品について、敢えて不出来と
述べるならば、たとえ自分の担当した部門に100%問題はないと
思っても、若干は謙虚に
『〜こういうのは無責任かもしれないが、〜』
という表現になる気がするからです。

しかしひょっとしてこれがご本人の意思の表明として間違って
いないのだとしたら、自身がお認めになる失敗のその一端に
ご自身が担当された部分が全く無関係だと思うこと自体、
なかなか常人には計り知れない感覚で、何度も読み返しつつ
唸る事しきり。

能楽という古典に親しみ馴染んだ方にとっては、こういう
表現が普通なのでしょうか・・・?
最近の日本語はとんと難しくなったものですね・・・・
いろんな意味で。

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コメント

M氏ですね、たぶん。
彼なら言いかねない。
去年の「あかり夢幻能」の冊子に、
能に照明は別に必要がない。
現代の大家の至芸はそんな小細工なしで自立確立されている
といった趣旨のことを書いているので、あきれたことがあります。
彼の挙げた方々の名人芸を認めるに吝かではありませんが。
また三渓園の試みがさほど成功しなかった、いろいろな不備があったとはいえ、彼の意見はまったくいただけません。
照明をいうなら、たとえば、厳島の観月能で海面からの反射光だけで浮かび上がる
能の空間は照明の可能性を雄弁に物語っていると私には思えます。
長文失礼しました。

投稿: 世之介 | 2006.03.07 20:01

はじめまして。
私は大阪で能楽劇『夜叉ヶ池』を見たものですが
原作は良いし、役者の方々もそう悪くはなかったと思うんですが、
全体として、なんかよく分からない作品だったなと思ってます。
何の雑誌にそう書かれているのかちょっと気になります。

投稿: 柏木ゆげひ | 2006.03.07 23:19

世之介さま
書かれた方は世之介さまのご想像通り
だと思います。
「あかり夢幻能」は行っていないので、
その冊子は見ていませんが、
ということは真っ暗な中でやる、っていう
趣旨でしょうか??(見えないぞ・・・・)

この記事を含む文章での狂言評には確かに
頷く部分も多いのですが、まあこの一文に
限って言えば、責任回避という気がしなくも
ありません。
まあご自身が主幹となって開催された
公演でそれこそ第一の関係者にも拘わらず
正面最前列でご覧になっていたり、この方の
言動は今ひとつ私のような凡人には理解の
範疇を超越しているので、こんな一文で
四の五の言っても仕方のないことかも
しれませんが・・・・(笑)

投稿: かのこ | 2006.03.08 08:08

柏木ゆげひ様
はじめまして。コメントありがとうございます。

大阪をご覧になったのですね。
「なんだか良く判らない」
確かに本当に、そうでしたね。

私にはあれは幅広いジャンルからのキャスティングの意味(集まった人材の質ではなく)、
能役者の面をかけたという状態を考慮しない
中途半端な形の段だらけの舞台装置、
冒頭のいきなりの歌の趣旨も不明、
某氏が担当された脚本も、原作を重視する
余り、役者の身体性を発揮させる余白の
無い説明だらけの文章で、そのために役者は
みな身体を持て余し、かつ妙に生々しい
安直な愛憎がメインに据えられていたために
若干背筋がぞわりとした記憶があります。
確かに演出に問題はあったとしても、それだけ
ではない気がします。

ちなみに出ているのは、タイトルに「能」の
文字が入っている硬い評論誌です。
ご参考までに。

投稿: かのこ | 2006.03.08 08:21

はい。私もその記事を読んで疑問符が頭の中を飛び交いました。
その責任回避・高飛車な物言いは一体どこから出てくるのでしょうか?こういう評論家先生が何だか「能楽」を一般から遠いところへ追いやる元凶のような気がしてしまうと言ったら言い過ぎでしょうか?もちろん、長く観ていらっしゃる分、的を射た評論もあるわけですが、件の公演での最前列占拠の際の態度と言い、今回の自評といい、この方については、人間性という部分で疑問符をもってしまう昨今の私です。

投稿: ちゃこ | 2006.03.08 10:11

ちゃこさま
コメントありがとうございます。
まあ余りここで某氏の感覚について
あれこれ言うのも無意味かなあとは
思うのですが、根本として、あの部分が
日本語の文法として正しいのか
そこが最大のポイントかなと。

これを誰か正しく理解させてくださる
方がいたら感謝しちゃいます。

本当にこういうことで盛り上がるのも
残念ですけどね・・・

投稿: かのこ | 2006.03.08 12:25

あんまり引っ張るのもなんだかと思いましたが一言だけ。
いつも感じるのですが、この方は六百年の歴史に裏打ちされた堅固な舞台で演じられる枯れた名人芸がなによりと表明しているのですから、その分野に限って執筆なさるなり講演なさるなりの関わり方をすればよろしいのではないのでしょうか。「夜叉ヶ池」にしても「あかり夢幻能」にしても、実験的な要素を多く含むものには、本来否定的な立場なのですから最初から関わらないのが筋でしょう。見境もなくあちこちに登場して不愉快な文章を書き散らすのは本当に迷惑です。

投稿: 松風 | 2006.03.08 23:57

なんだか、萬斎さんに出会う前の自分を
思い出しました。

「伝統芸能って、別世界みたいで敷居が高くて、
勉強しないとぜんぜんわかんない」

実際見てみたら、感覚、というか古代から
受け継がれている自分の意識というか。
意外とわかるものなんだな、と感じて見始めました。

どちらも拝見していないのでなんですが、
夜叉が池や夢幻能は新しい可能性を見出す、
場だったのではないかと感じます。
新しい可能性から、新しい観客を得たり、
進歩があったり...生まれ出る何かを得ようと
した場だったと。

...この評論を書いた方がどのような方か
存じませんが、きっと、伝統芸能という
囲いは今のままにして、囲いの中で
わーわー言ってるような、別世界に住まう方なのでしょうね。

投稿: あい♪ | 2006.03.09 02:45

松風様
いつもながら、本質をバッサリ突いた
締めにふさわしいコメントありがとうございます。
あまり生産性の高くない私のグチを続けるのも
精神衛生上宜しくないのでそろそろ
打ち止めにしようとは思いますが、確かに
某氏は古典第一主義を標榜されているのに
現代的味付けを最初から表明されている8日の「狂言劇場」にも来場されていましたし・・・
いや、不思議不思議(「夜叉が池」はでは
どういう意味合い?とまた原点に返る
分けですが)

これは単なる粗捜しなのかはたまた
『イヤよイヤよも好きのうち』なのか?(笑)

投稿: かのこ | 2006.03.09 08:15

あい♪さま
コメントありがとうございます。

確かに今の古典演劇界(ってものが
あるのか良く判りませんが)で、演者と
現代演劇界の人間たちの交流が始まり、
徐々に新しい観客や新しい視点でも
見直しが始まって、上手く新陳代謝が
起こっている歌舞伎は別として、その筋に
詳しい人たちが、こ難しい論理と過去を
懐かしがるだけにとどまって、現代を
生きる演劇としての意味の再考とか
普及に手を貸すということに注力しないのは
その演劇を次世代に手渡すという、現代に
生きる人間にとって最大の役割を十分
認識していないのでは?と思わざるを
得ません。
私のような素人ではできない、正しい理解と
啓蒙活動こそが、○○評論家を名乗る方
たちの最大の使命だと思いたいのですが。

随分話が大きくなってしまいましたが、
現代人の演じる演劇として能や狂言を
理解しなおすことは、決して過去の財産を
壊すこととイコールではないと思うので。

・・・というまあ結構私としては?まとまった
結論で今回のこのグチ話の締めにしたいと
思います。

投稿: かのこ | 2006.03.09 08:28

かのこさま
今ごろM氏のこと、嫌ですよね。このコーナーを見つけてしまいました。それで、ちょっとだけ。この人,M大学のM氏のことかなぁ。私は、能楽講座で楽しみにお話を聞いていたのですが。3,4,5月と。どこの能楽堂でも見かける人ですよね。とくに観世では、よく正面の端に定席らしいように座っています。ちょっといやになったなぁ。時々、挨拶なんてしちゃってました。私って。今度は考えようかな?
マスミ

投稿: マスミ | 2006.06.11 22:57

マスミさま。
M氏はその方です。
能楽研究者としての実績に付いては若くして
素晴らしい方なのだろうと思うのですが。
能楽講座、私も興味はあるのですが昼ですから
参加できないのが残念なくらいで。
でもいろいろ見所・ロビーでの言動を目の当たりに
してしまっていて。こうなると生理的なものですね(^^)

投稿: かのこ | 2006.06.13 20:57

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