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2007.05.30

「うつぼ」は「靭」?「靫」、あるいは「靱」

このところ万作家でも一頃程は出なくなりましたが、小さい子供が
いないとできない曲で、かつ万作家では「サルに始まり~」と
狂言師の修行の第一歩とされる猿が出てくる名曲「うつぼざる」
ですが。
そう、なぜここを平仮名で書いたかというのがこのエントリーの
テーマです。

ふっと入力しようと漢字を変換したらタイトルのように似たような
ものが3つ出てきてどれを選んで良いのか、実は毎回迷っています。

「靭」と「靱」に至っては刀にかかる右下への払いの長さが違うだけ
じゃないか、というか何か違う?というくらいの差で、どう見たって
なんで違う字になっているのか不思議なくらいです。

「政頼」「頼政」問題でちょっと懲りたついでに、この普段から感じて
いた疑問について少し調べてみたのですが、これがさっぱりで
謎は深まるばかりなのです。

まず漢字の問題ですから漢和辞典へ。

自宅にあったのは古くから愛用の『角川 新字源』小川環樹、西田太一郎、赤塚忠3氏によるS56年版。

以下必要部分のみ引用
★靫・・・<意味>うつぼ・ゆぎ。矢を入れる器具。「箭靫」(せんさい)
     「靫負」(ゆげい)は「ゆぎおい」の転。
★靭(線の短い方)・・・<意味>しなやか(例:強靭、靭帯)
     うつぼ ゆぎ。靫の誤用。
で、この辞書には「靱」字はなし。

次。
これではわからないと国語辞典へ。
こちらは有名?な『新明解国語辞典』登場。
(あいにく普通の国語辞典がこれしか手元になかっただけですが)
なんと言っても「めーかいさん」の愛称を持つ、辞典界の異端児(笑)。
その独特な表現と例文の選び方には思わず辞書であることを忘れて
読んでしまう不思議な魅力?を湛える逸品です。しかもこの版は
金田一京助、金田一春彦、見坊豪紀、柴田武、山田忠雄と
ものすごいラインナップ。
前置きはさておき、で該当項目です。

★うつぼ(靫) 昔、武士などが背中につけた、太い筒型の矢入れの
         道具。〔空穂は借字〕
こちらには「靭」も「靱」もなし。で、どうやら「ゆぎ」とも読むと上にあった
ので、こっちも調べてみました
★ゆぎ(靫) 昔、武人が矢を入れて背負った器具。〔靱とも書く〕

あの~「武士」と「武人」は意味が違うんでしょうか・・?しかも「ゆぎ」
には「靱」字が登場しちゃうんですねえ。いったいなんだろう?
だめだ。
まったく「めーかいさん」も当てになりません。

しかたないです。王道の『広辞苑』に登場していただくしかありますまい。
こっちは新村出先生のS51年版。
分厚い愛蔵版なのでめくるのが大変です。
★うつぼ(靫・空穂<靱は誤用>) 矢を盛って腰に背負う用具。
      中空の籠で時に毛皮を付けて矢が雨に濡れるのを防ぐ。
      うつお、羽壺
★うつぼざる(靱猿) 狂言の一つ。狩に出た大名が猿引に会い、
       猿の皮を靫にしようとして無心するが、猿の不憫さに
       心動き許すので、猿引は礼に猿を舞わす。
★ゆぎ(靫)  矢を盛って背に負うた具。木または革で作り、長方形の
       箱形の筒とし、令制では一個に矢50筋を入れた。
       平安以後、つぼやなぐいと言い、公家の儀仗となる。箙。

ええ~~「うつぼ」は腰に背負って「ゆぎ」は背に負う?
同じ字で違う意味になるんでしょうか?しかも狂言のタイトルは「靱」で
文中は「靫」。
でも説明を読むと狂言の大名がもっているのは確かに「うつぼ」です。

結局ますますわからなくなってきました。
どなたか<明解な>説明を御存じありませんか?
(で、結局宿題状態。)

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コメント

かのこ様

私は狂言の分野にとても暗いのですが、ちょっと調べてわかったことまで、報告します。

諸橋の『大漢和辞典』だと、「靫」はあって、「やいれ、うつぼ、ゆぎ」という語釈がついています。「靱」は収録外。「靭」はあるのですが、本来別字のようで、『広辞苑』が「靱」を誤用としたのは当っているようです。

「うつぼ」に関して、『日本国語大辞典』(第一版)は「空穂・靫」で収録。『角川古語大辞典』は、「靫・靭・空穂」で収録しています。「うつぼざる」ではともに「靫猿」です。

正字を用いるという観点からは、「靫猿」が適当なのかもしれません。

ただ、小学館の古典文学全集『狂言集』(北川忠彦・安田章校注)では「靱猿」としています。『狂言ハンドブック』も「靱猿」ですね。

なお、古井戸秀夫『舞踊手帖』も「靱猿」です。歌謡系では「靱猿」の用法が多いような感じです。

管見ですが、慣用では「靱猿」だったのではないかと思います。

ついでにいうと、おそらくなさったとおもいますが、ネット検索では、2007.5.31現在で「靫猿」で677件、「靭猿」588件、「靱猿」597件です。

私の見解を述べますが、「うつぼ」は和語でして、それに漢字をあてはめたわけです。中国にある同等の品をあげよ、となると「靫」になりますが、もとは和語であることを考えると、「靫」「靭」「靱」のどれも和語の「うつぼ」を指すと思ってかまわないはずです。

用字がわかれていることは、おそらく伝本にそれぞれ違いがあるのでしょう。何々流はこの字と決まっているのかもしれません。そういった慣用があるなら、その流派での公演での名称には注意しなければなりません。

しかし、室町、江戸と写本あるいは版本を作った人たちも、この字が適当だと、深い考えがあって使ったわけでもないでしょうし、、**本にあるからこの字だとか、昔はこの字だったからという判断も、重視しすぎてはいけないと思います。

正字を重視するなら「靫猿」。慣用を重視するなら「靱猿」ですかね。
ここは、かのこさんのセンスにおまかせいたします(どれを使うか楽しみに待ちます)。

追伸、くだくだしい長文ご容赦。
「うつぼざる」の問題とは別に、いまの国語教育は同音異義語の使い分けにうるさすぎると思っています。

投稿: Iwademo | 2007.05.31 07:06

Iwademoさま
大変示唆に富むコメント、ありがとうございます。
ご指摘の通り、確かに言葉と漢字をセットで考えると
いうのにこだわりすぎている(DSトレーニングの
漢字のとかも問ひとつに答えは一つですし)のかも
知れません。
昔の人の名前の漢字も一定でないようですし、また
漱石などもずい分変わった漢字の使い方をしていますから
どれが正しいというのは決めづらいのは当然のようにも
思います。

さて本題ですが「広辞苑」も「靫」の説明に従えば
「靫猿」になる筈なのに、演目の項目は「靱猿」と
表現しています。
茂山家が監修している「狂言のデザイン図典」は「靭」だし
万作家の場合はプログラムの表記、「What's 狂言」
いずれも「靱」。まあこれだけ調べても確証は持てませんが
どうも間違いではなさそうなので、これまで書いてきた
「靱」を使ってきましたのでとりあえず「靱」のままで
行こうかなと思います。

本当にありがとうございました。

投稿: かのこ | 2007.05.31 22:10

かのこ様

慣れているほうでないと、使っていて、気持ち悪いといったところでしょうか。
字面も靱のほうが、いい感じがします。
それが靱の字が使われる要因だと推測しています。

投稿: Iwademo | 2007.06.02 21:21

突然で失礼します。一茶の連句で「靫かつぎ」というのがわからなくて調べるうちに参りました。これも用例がなく困っています。暗喩がある文脈なのです。
ネットや辞書だけでは不十分なことも当然あるのですね。
誰か教えて下さい。

投稿: jun | 2015.09.09 06:33

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