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2008.08.13

八月納涼歌舞伎(第三部)を観る

野田さんがオペラ「アイーダ」を翻案した話題の「愛陀姫」と
勘太郎くんの「紅葉狩」という番組。
チケット売り場で残席確認しましたが、やはり三部のみが千秋楽まで
売り切れ。野田さんと勘三郎さんという組み合わせがこれまで
作り上げてきた「野田版~」のブランドへの期待が見て取れます。
幕見待ちもこの暑い中、凄い行列です。

0808aida


Aida


まずは「紅葉狩」(65分)
踊りの上手い勘太郎くんの更科姫なので、安心して見られると思って
いたのですが、ちょっと違いました。
確かに上手いのですが、なんかぎこちない。あの長身で吹輪の
赤姫姿なので維茂の橋之助さんと並ぶと揃う背丈ながら美女では
あるのですが、気になったのはやっぱりまずは声でしょうか。
数年前に浅草公会堂で見た「四の切」の静御前あたりでは声といい
清楚さといい、品と言い、申し分ないお姫様だったのですが、今回は
わざとでなければちょっと声が潰れ気味。
後半扇を使ったちょっと凝った動きのあたりも後見さんとの息がもう
一つ?そちらが気になったか、全体にも若干迫力不足かな。
鬼女の本性をちらっとみせるところは、海老蔵ほどやりすぎなくて
よかったけど、もう少しぐわっと見せてくれてもよかったかなあ
(せっかく若手中心の「納涼」なんだし・・・・)
鬼女になってからの迫力はさすが動ける勘太郎くんらしく、気合いの
入った立ち回りでしたが、山神の巳之助くんも声がひっくり返り気味
だったので、どうも台詞が全体によわよわの「紅葉狩」でした。

さて休憩はさんで問題の?「愛陀姫」

<<以下大ネタばれしていますし、書いて見たら思った以上に辛口
   レビューになっていますので、中村屋さん大ファンという方は
   ご覧にならない方が良いかもしれません>>

今回は前2作と違って笑える要素のない、というか「悲劇」の
オペラが原作というので、少しテイストが違うだろうとある程度
心の準備はしていきましたが、残念ながらその通りになった
感じがします。

違和感の一つは野田版恒例というか、中村屋さん恒例の笑いの要素を
担当する細毛(福助)・荏原(扇雀)という、怪しげな占い師の存在。
確かに笑える場面はあります。そのあとにずばっと悲劇が来るとその落差で
より怖さが増す構造のはずがどうも上手く機能していない。
イヤホンガイドで繰り返していた「研辰」「鼠小僧」同様、「世間の声」「大衆
心理」がひとつのポイントとは思っても、実際に見せようとしているのは、
濃姫(勘三郎)、愛陀(七之助)、駄目助左衛門(橋之助)の3人の心理が
作り出す悲劇で、そこのギャップがうまく埋まってないような。
笑いたいという方が多いみたいですが、さすがに笑いづらかったの
では?

それともう一つは装束が全体に女性に対して地味でしたね。
ひびのさんの衣装は悪くはないですが、装束が役柄の重要なアイコンと
いう歌舞伎のお約束を破りすぎて、主役なのに愛陀の拵えが(個人的には
装束というよりもメイクを含めての全体の雰囲気)華やかさに欠けましたし、
なんとなくこう衣装の力を発揮しそびれていたような。

さらにびっくりしたのは、ラスト。
「ヴェニスに死す」でも使われたマーラーの5番のアダージョに乗せて、地下牢に
閉じ込められた駄目助のところに、愛陀があらわれて死後の幸福を願いつつ
死んで行く真上の地上を、いわば「罰」として敵の織田信長に嫁がされていく
濃姫が上手から下手に歩いて行くと思わせたセットだったのですが
(左右から跳橋のように通路が倒れてきて、中央の迫りが上がると地下牢の
天井とつながる)、なんと濃姫役の勘三郎さんは上手から舞台前端から通って
花道を入っていって行かれました。
今回花道近くの席でしたので、絶望にうちのめされた濃姫のすざまじい表情
を拝見できたのは良かったですが、たぶん演出プランではあの舞台を上手から
下手に歩くつもりだったんだろうと思ったら、案の定、なんとカーテンコールで
勘三郎さんが異例の「お詫び」。
「(通路が)細すぎて歩けないということで、今工事の段取り中でして・・・・」。
歌舞伎のカテコもこの「納涼」ではおなじみになりましたが今回のは主役級
のみ登場で、どうもこのお詫びを言うためのカテコだったような・・・・
こういうのも新作ならでは、でしょうし、勘三郎さんならではの親切心かも
しれませんが、新作で「前回はこうだったのに」と言う人は少ないでしょうから
こういうのは言わなくても、では?

とはいえ、愛情か祖国愛かを迫る、三津五郎さんの信秀と愛陀のやりとり、
また裁きを前にしての濃姫と駄目助の決定的な決裂のシーンは、セリフ劇と
しての野田さんの力を感じましたし、役者さんの底力を感じました。
ただ、こういうシリアスシーンがちょっとだけだったのが個人的には残念。
歌舞伎には「忠臣蔵」をはじめとして忠義か個人の幸せに引き裂かれるという
話はたくさんあるので、そちらにもっと近づけた形でもよかったようにも。

何より、西洋ものの翻案としては蜷川さんの「十二夜」と言う近い先例が
あるのでつい比較してしまいました。
「十二夜」の男女の双子、そして美少年に扮装して誤解を招く美少女という
劇の仕掛けが、歌舞伎が持つ女形、そして早変わりという最大の武器、
そして菊之助くんという演じるにぴったりの役者を得て、普通の女優さんが
男装する通常の演劇でやるよりずっと説得力を持って観客をうならせたと
いうのに比べると極端な言い方をすれば「愛陀姫」はいわば、単に歌舞伎
役者が和装で「アイーダ」をやったというだけで、歌舞伎らしさをそこに
見出すのはかなり難しかったです。

私のように「歌舞伎」に新しい可能性が見られるのでは?と期待して
見にきた人間には「あれ?」でしたし、野田さんの名前にひかれた現代劇
ファンにも「あれ?」だっただろうし、もしいたとしてオペラファンがいたとしたら
「なんだろう?」でしょうし、かなり微妙な仕上がりという気がします。

あれこれ言いましたが、こういう斬新な作品を見ると、自分が歌舞伎に
どんなものを期待してるか、「歌舞伎らしさ」とはなにかがかえってはっきり
するような気はしました。

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コメント

かのこ様

初日では、その上下に跳橋のように倒れてきた通路を上手から下手に歩いていかれました。 
別に無理がある様に見えなかったですが・・・

評論家の渡辺保さんの劇評で、「ここは是非勘三郎の歩く芸を花道で見たいところであった。」と言われてますが、私もそう思いました。

投稿: meimei | 2008.08.13 15:44

かのこ様

私も早速観てきました。大盛況で補助席も出てました。
私は全くオペラを知らないので、
歌舞伎にはない独白とか濃姫の造型を面白く観たのですが、
かのこ様なんて目じゃないほどの(^^;)
酷評をいろいろ読みましたよ~。
特にオペラを観ている方には不評の様子。
「笑いたいという方が多い」というのは劇場でひしひしと感じました。
特に中村屋さんにはそっちを期待する向きが多いような。
いいんだか悪いんだかですね~(--;)


投稿: ももぞー | 2008.08.13 18:48

meimeiさま
貴重な初日情報ありがとうございます。
現代劇的に視覚で見せる強烈な運命の悲惨さで
言えば舞台上を、歌舞伎ならではの特性を生かすなら
花道を選択という感じでしょうか。
でもこれで勘三郎さんが舞台上の橋渡りの演出に
戻すのであれば、今回は何がなんでも野田さんの
意図を汲むという決意の表れという感じがしますね。
個人的には花道の濃姫のうつむき加減のすごい
表情を拝見できたので、花道歩き回でよかった
ですけど。

投稿: かのこ | 2008.08.14 10:43

ももぞーさま
やはりそうですか。
確かに私のようにオペラを知らない人間でも
なんというか居心地の悪い思いをした部分が
ありましたし、私でさえ狂言や能をほかの演劇に
移したものを見ると(たとえば歌舞伎でも)
なんだかなあと思ったりすることがあるので
オペラを知っている方が見たら「だったら
オリジナルでよかったじゃん!」とかいろいろ
突っ込みたくなったところはたくさんあったかも
しれませんね。

夏に中村屋さんが歌舞伎座でやるなら、もう
初期のころのように怪談ものとか、でなかったら
笑えるもの、あるいは若手に古典の大作に挑戦
させるというような風に決めちゃったほうが
良いのかも・・・・。

投稿: かのこ | 2008.08.14 10:49

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