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2009.07.08

「現代能楽集 鵺」を観る

新国立劇場 小劇場。

「現代能楽集」は世田谷パブリックシアターでも同様のシリーズを何回か
やっていますが、なかなか腑に落ちる物に出会えません。
抽象的な(象徴的な、とも)表現の能だとイマジネーションの部分を観客が
好きな様に補う分何となく納得できる事が、現代劇として、象徴の部分や
作家、演出家の頭に浮かんだ物を具現化させて舞台で再現させた瞬間に、
妙に陳腐に妙にこねくりまわしてややこしくなってしまい、「はて元ネタとの
関連性は何だった?」と頭を捻ってしまう事が多いのは何故なんでしょう。

今回の「鵺」も、後半に行くほど、三津五郎さんが踊り、たかおさんが
のたうつ程、「で、何で鵺?」と、頭を傾げる羽目に陥りました。

勿論「鵺」とはそれぞれの心の中にあり、そして人は他人(他の3人)と
関わって生きていると言うのが、4つのパーツ(猿、狸、虎、蛇)からなると
言われる鵺についての作品を、4人の俳優で演じ、3つの物語で、鵺に
あたる役を演じる役者さんが変わる仕掛けと言う発想は理解できました。

でもそれにしては訳の判らないパヘットショーや、宮崎アニメみたいな顔の
描かれた石、骨髄移植による血液型の話や、人身売買エピソードと「鵺」から
連想されたアイテムが未整理のままぶちまけられた感じばかりがして、先月の
「桜姫」同様、試演の域を越えてない感じがしました。
(にしてはセットも舞台効果もエライ凝ってましたけど)

役者さんは、いつもは軽みのある役の多い、たかおさんが、重々しく演じて
いた頼政、本業に近い武将姿より、上司の妻との微妙な男女関係を、意外に
リアルに見せていた三津五郎さん、そして「冬物語」に続いて巫女的な
雰囲気で場を圧倒した田中さんと役者揃いでした。
村上さんは最後のアジア人の若者には妙な生気がありましたが、特に最初の
時代劇パートが決定的にダメでした。
滑舌悪くてセリフが全然聞こえず、他の3人との差が余りにも歴然。
導入部であれだとかなり萎えます。

能舞台を思わせる舞台設計、数々のイリュージョン?、更に吊ってある照明も
セットの一部に使ってしまう美術や照明のアイディアには感心しましたが、
名手、坂手&鵜山コンビをもってしても、能の現代劇化、その匙加減はなかなか
難物だったような。
勿論、私が中途半端に能をかじっているばかりに能との比較に気を取られて
いる可能性は高く、普通の現代劇として見たらもっと違う見方もできるのかも
知れませんが。
そう言えば世田谷パブリックシアターで宮沢さんが作・演出した、同じ「鵺」も
舞台は同じくアジアとヨーロッパの境あたりの空港の待合室でした。
って言うかそこだけ見たらそっくりですね。

あ〜これならまだ判らないままオリジナルの能を見てる方が腹が立たないかも。
役者がほぼ良かっただけに惜しい。

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