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2010.01.30

「MANSAI◎解体新書その拾六〜依代(よりしろ)宿りと言うポイエーシス(創造)」

いつもはトークの後にパフォーマンスがあるのですが、今回は「依代」の
テーマの題材として、先に萬斎さんの「三番叟」が踏まれ、休憩の後に
ゲストとトークと言うスタイル。
来月の京都芸術劇場の茂山家との「立合い狂言」にどうしても行けないので、
思わぬところで「三番叟」が拝見できたのはそれだけでも大満足でした。
(しかも囃子方メンバーが先日の「現在形」を「欠席」した幸弘さんもいる、
私には「三番叟」ベストメンバーのうちの1パターンでしたし)

舞台はそんなわけで能舞台仕様。
萬斎さんも紺の紋付きに袴姿でゲストを紹介するも早々に袖に入られ、黒幕が
下り、お馴染みの吊るし注連縄が提げられると、真正面から萬斎さんを先頭に
囃子方と後見の深田さん登場。

装束姿でない「三番叟」をフルで拝見した記憶が殆どなく、特に後半、紋付きに
黒式尉面になるのがちょっと不思議な感じがしましたが、いつもは袖に隠れて
いる腕や、鈴を握る手指の緊張感などがフルに「観察」できました。
例えば強烈なジャズのセッションを見たような、また同じようなリズムの繰り
返しから、徐々にトランス状態になっていく感じは、前にラヴェルのボレロを
ベジャールの演出で踊るダンサーたちを見た時の事を思い出しました。
(バレエや現代舞踊に疎いので間違えていたらすみません)

15分の休憩を挟んでいつものようなトークへ。
ゲスト椅子の後ろにいつもはない、白布を掛けた机が置かれ、何だろうと思って
いたら、ゲストのお一人、杉本博司さん所有の能面の数々を並べるためでした。
そうそう、今回ゲストは写真家でかつて古美術商もされていた経験から、
古美術や歴史にも詳しい杉本博司さんと、宗教学者、思想家の中沢新一さん。

どんな話が出てくるかと思いきや、まずは面を付ける意味。
そして萬斎さんに二人から「踏んでいる時はやっぱり何かを呼んでる感じは
するの?」「それが聞きたい」と質問が飛び、萬斎さん「演じながらそれを
見られてると思ってました」と苦笑されてました。

暫く面や三番叟の民俗史的意味合いについて主に中沢さんと杉本さんの
レクチャートーク(?)があった後、杉本さん持参の能面をいくつか萬斎さんが
実際に付けてみせて下さいました。
面には作られた当時の人の顔が必ず反映しているだろうし、また当時の霊の力が
込められているとの事でした。
一つは鎌倉時代の「父尉」。萬斎さんによれば昔は「翁」と「三番叟」の間に
父尉面をつけた舞が二番目に演じられたものだと言う説もあるとか。
二番目はその子どもとも言われている「延命冠者」の面で、こちらは室町以降に
下がるとの事。
笑いは不気味であるである、とか、老人性は幼児性と繋がっている、とか言った
話が出た気がします。

その後、杉本さんの写真がU2のアルバムジャケットやライブで使われた話が
映像付きで紹介され、共同幻想とは何かと言う話、また世界文化賞の賞金
1500万円で移動式の能舞台を作った話、能は過去の人間に語らせる場を
与えると言う重要な役割があるので、是非新作能を作りたいなど色々お話、
「三番叟」についての、萬斎さんなりの、お父様との違いなどあって質問
コーナーに。

一つ目は面が顔よりサイズが小さい意味。
萬斎さんによれば特に顎のラインが動いて見えるのが重要だそうです
(黒川能では面を下寄りにかけるらしいですが)

2つ目はそれぞれ「何かが下りてきた瞬間はあるか」
杉本さん、中沢さんは「手書き」による体験があるとの事でしたが、萬斎さんは
何でしたっけ?失念。
今回は質問者二人もそうでしたが、いつもよりぐっと男性の来場者が多かった
気がします。

しかし本当に次から次に話が飛び出した今回のゲストお二人。
屡々萬斎さん抜きで延々フリートークに突入し、萬斎さんが話題を変えるも
コメントするも出来ない場面が何度かあった程で、萬斎さん思わず
「今日は『三番叟』以外は楽をさせて頂いてます」と苦笑いされてましたが、
あのお二人の場合は、言葉が次の言葉や考えを産み出していて、
言葉こそ彼らには「依代」のような気がしました

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