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2010.03.05

「映画のエンドクレジットを見る意味が判らない」と、早抜けする文化人

週刊文春に連載エッセイを書いている女性作家さんの今週発売分の文章の
後半に、タイトルの様な一文があって、私は最後まで見る派、なのでちょっと
反応しました。

その人はいつもならさっさと早く出るのに、たまたまある試写会で早く出られず、
最後まで仕方なく見たけれど、運転手の名前とか見て、ほかの人は何が楽しい
のか、と不思議がっていました。

ん〜、最近の若い子が終わりを待ちきれずに携帯電源入れるのも迷惑だけど、
この方のように端席でも途中で前の人に立たれたら、観ている後ろの人の視界を
遮るし、とか思わないのかしら。
あるいはご自分の小説だって例えば結末の後ろにあとがきを付けたら、やはり
本文だけでなくそこまで読んでもらいたいとは思わないのかな、とか。
あるいはご自分の作品が映画化されても、クレジット途中で帰ってしまうのかな、
とか色々思いました。
別の作品で印象に残ったカメラマンや音楽担当者の名前を見つけたり、ロケ地の
確認をしたりできる邦画のクレジットと違って、洋画のものは、使用曲名くらい
しか判る語句がなく、文字の羅列でしかなかったりしますが、いわば見た作品に
これだけの人間が関わったのだと言うのを見て感じるのは、作品に敬意を払う
言う感覚でしましたが、私の方が今時古いのか、とも。

何より、時にはエンドクレジットの後にまだ続きやオチがあるものもあるので
最後まで見て作品と言う感じがしますが、こればっかりは個人の勝手でも
ありますけど、こうやって堂々と「わからない」と書かれると、ちょっとイラっと
するんですが、世間的にはどうなんでしょうか。

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