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2011.03.13

地震14 (3日目-2)当日を振り返って。

ちょっと落ち着いたので、当日の自分の行動を振り返ります。

金曜日の午後。
会社的には年度末ながら比較的忙しくない時期でもあり、のんびり内線電話を
受けていたら何だか妙な揺れ。
「揺れてるね〜」とか言い、それも横揺れなので「震源地近くじゃない」と直感、
「また東北地方の地震の影響かな」と思いましたが、それにしても揺れがいつ
までも止まりません。
しかも「ジョーバ」とか(失礼)、フェリーの安い席に座ったような気持ち悪い
揺れ方に漸くただならぬ状況を把握。
会社の若い子は青ざめて座り込み、社内には安全確認のSECOM警報が鳴り響く。
念のため会社の外に出てみると、送電線が大縄跳びのように揺れていました。

来ていた業者の人が携帯のワンセグでいち早く「震源宮城、マグニチュード8」
と最新情報。
東北エリア在住のスタッフに連絡を入れ始めると同時に家族にメール一報。
今、記録を見ると地震発生3分後。
私としては早い行動でした。
暫くは固定電話が使えたので、上司の了解を得て家族に電話連絡。
以降、携帯電話の通話、固定電話のつながりが悪くなると予想して携帯の
災害伝言板利用することを確認。

電車の復旧がそれほど遅くなるとは思わずのんびり手を打たずにいたら、気が
つけば歩いて帰る社員は出発、近くの居酒屋で運転再開まで時間を潰すと
出て行った若いメンバーが「ガスが出ないとかで営業なしでした」と戻ってき、
JRは当日復旧なしらしいとの情報。
これはまずいと漸くホテルやバスなど電車帰宅以外の方法を探るが、まず固定
電話が繋がらない。
上司にテレホンカードを借りて会社に1台の公衆電話を使って行けそうなホテルに
手当たり次第電話するも、もはや手遅れ、どこも既に満室。

会社の若いメンバーは徒歩やバス乗り継ぎにチャレンジと次々帰宅。
会社に泊まる手も考えましたが、意外に泊まりになりそうなメンバーが少なく、
逆に不安になしろうで、結局自宅と会社の中間にある知人宅に電話し、なんとか
一夜の宿を確保。
しかしそれからが「実況」した通り、通常なら30分かからない距離が車で3時間
20分。
いや驚きました。
取った方法がベストだったか判りませんが、ともかく今も疲れが取れません。

私でさえですから、現地の方たちの疲労と心労はいかばかりか。

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