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2019.11.02

「戯曲リーディング/アテネのタイモン」を観る(若しくは聞く)(2)

(前項つづき)
「リチャード三世」を元に萬斎さんがされた「国盗人」を観た時に、
少なくとも衣装とかは必ずしも成功したとは思わなかったですが(笑)
秀逸だったのは、リチャードが本当は王になりたいのに勿体をつけ
バッキンガムとひと芝居打つところ。

観客全体を市民に見立てた芝居は、なるほど、沙翁も絶対そのつもり
でしたね、とか思いましたが、今回も、冒頭のタイモンの客席通路
からの登場は、客席をみな、タイモンの気前の良さをあてにした
下心ある市民たちに見立てていて、非常に面白かったです。

1回目の時は客席の河合先生に「後で(トーク)よろしく」と言い、
「よく見る方もいらっしゃいますね」とか、言っていてかなり
ツボでした

狂言自体は客席通路を使いませんから、狂言化時どうなるか判り
ませんが、客席を巻き込むのはノレますしね

しかし、そもそも。
さいたま版のセミナーでも、今回のトークででも、基本は「とにかく
矛盾だらけの作品」と言う前提なのが凄い(笑)
多分シェイクスピアの戯曲じゃなかったら、誰もやろう、とか、研究
しようとか思わないのでは?

1回目より2回目は音楽がしっかりしたのと、若手の演者さんが慣れた
(実は演出家どのが一番セリフが多くてセリフがアヤしかった(笑))
のに、時間がちょっと延びた以外は大きな違いはなかったように
思います。

トークは基本的に、河合先生と萬斎さんが、この作品が狂言に向く
のか?、やるとしたらどうやってやるのか?と言う部分に集約
されていました

個人的に思う狂言にするメリットは

★場所の移動方法や移動距離が曖昧でも大丈夫
山を昇ろうと、ぐるッと一周すれは、海外でも地獄でも移動完了(笑)

★場所の設定が曖昧でも大丈夫
セットが基本ないので、振り返って別の場所になっていても、違和感
なく、洞窟と海の距離感とか気にしなくて良いし、墓碑銘だの墓だの
現物を出さずに済むので、細かい矛盾を論理的に解決しなくて良くなる

★登場人物を減らせる
似たような名前に、長ったらしい名前が多発している芝居なので
問答無用に簡潔にできる

★物語の枝葉末節を省いて、主筋だけ追うことが可能

★主人公が狂言向きに極端な性格。
タイモンは、執事にすら見限る、駄目レベル(一種の「買い物依
存症」か)ですが、狂言の主人公も、例えば「弓矢太郎」にしても
「棒縛」にしても、だいたい主人公は品行方正、と言うより、欲望の
塊、自己中なヤツばかり。
主人公がコテンパンにされるか、「やるまいぞ」と追われる、は
狂言の定番ですから違和感なし

勿論デメリットとしては

☆簡潔にしすぎると話が逆に判りにくくなるかも

☆トークにもあったように笑いの少ない作品なので、「川上」レベル
まで洗練していかないと、喜劇でない芝居の狂言化の意味がない

人々が「金の切れ目が縁の切れ目」と、あっさり旗色を翻す、誰も
自分の頭で考えず、皆がああ言う、そうらしい、ああらしい、と
集団心理が働き、個人の理性が封じられる全体主義的部分は背筋の
寒い話で、社会批評性も持つと見れば、非常にシュールな作品にも
なりそうです
(そもそも一人で死んだ筈のタイモンを誰が埋めたのか…)

さて、どうなって行くか、展開が楽しみです

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