« (覚えとして)舞台「メアリースチュアート」と映画「エリザベス」登場人物対象 | トップページ | 夏は「水滸伝展」! »

2026.04.27

映画「ハムネット」を見る

Hamnet

シェイクスピアの代表作「ハムレット」を、上梓(上演)の
直前に亡くなったとされる自身のの息子・ハムネットの
死と関連させ、ロンドンに単身赴任中のシェイクス
ピアの留守宅を守る妻・アグネスをメインに据えて
描いた小説の映画化だそうで、当然?のように字幕
監修は河合先生。

全編(体感)の3分の2はシェイクスピアとアグネスと
こどもたちの、困難続きの子育ての日常
「マスオ」さん的存在のシェイクスピアがアグネス実家の
家業?らしい革手袋の納品をきっかけに?(ご本人に
職人の才能はなかった的描写だけど)ロンドンの劇場に
入り込むきっかけは描かれたものの、田舎でうだつの
上がらないラテン語教師だった男がいつの間に、
ロンドンの名のある劇場の座つき作家になったのかは、
全く描かれない(私が何か見逃した?)。
クライマックスには「ハムレット」が上演される展開
なるだろうことは、タイトルだし、予告編やオスカー
主演女優賞の紹介映像から予想してはいても、アグネスの
なかなか個性的(と言うか、規格外?)な子育ての
ストーリーが、どこでデンマークの次期国王候補の
哲学的ですらある悲劇に昇華するのかさっぱり先が
読めないままじりじりと展開

その日常がある日突然、シェイクスピアがロンドン
出稼ぎの間に、ハムネット少年は呆気なく亡くなり、
アグネスは半狂乱で、死に目に間に合わなかった
シェイクスピアに八つ当たり
どうなるのかと思ったら、シェイクスピアは儚く
手元から離れていった息子の名前を持つ(冒頭に「ハム
レット」と「ハムネット」は当時互換的だったと字幕あり)
デンマーク王子と父王の物語に仕立て、アグネスが
珍しく(それ以前に描写がない)招待されてグローブ
座に見に行く。
勿論、アグネスは何も知らされずに見ているため、
当初は亡き息子の名前が舞台上で使われる度にイラ
イラして当たり散らす
(今ならすかさず係員飛んできて、客席外へ強制誘導
必至)

しかし、芝居は、ハムレットの父王をシェイクスピア
自身が演じるのが肝で、父王が「さらば」とハムレットに
言う、芝居なら単なる惜別のセリフですが、映画では
ハムネットが亡くなった時に、ロンドンにいたために
シェイクスピアは息子に別れを告げてない、とアグネスに
責められているので、全く違う風景が見えてきます
最初興奮していたアグネスも、死と向き合うハムレット
そして父親とのセリフに徐々に引き込まれ、ラストに
倒れるハムレットの手を握ろうとすらしながら(いや
これも係員案件か)舞台袖で見守るシェイクスピアとの
アイコンタクトで全てを理解した事が示唆されました

他の「ハムレット」の有名なセリフ「あとは沈黙」も事前に
使われましたし、第一独白「死ぬことは簡単、だが~」は
ハムネットの姿と被らせる、第四独白の「生きるべきか
死ぬべきか」はシェイクスピアの断崖絶壁での悩みから
ハムレットのセリフからだったりと、散りばめられた
セリフが(多分聞き逃したのも)たくさんあり、なるほど
と思いながら見ましたし、原稿で「ロミジュリ」、
こども三人で「マクベス」の冒頭の魔女の場面なども
ありました

また、この映画では、穴(闇)がキービジュアル。
シェイクスピアが乞われてアグネスに語る、「オル
フェウスとエウリディケ」の物語も穴が舞台、アグネスの
森での出産でも洞穴が意味深長に登場
「ハムレット」舞台では舞台の書割が森で、正面に
アーチ状の亡霊が出入り口があり、ラストにハムネットも
そこに入っていく繋がりでした

ハムレット役の扮装は、髪色と言い、髪型と言い、
ハムネットに似せたシェイクスピアの思惑だと思って
いましたが、あとでパンフレットを見たら、勿論
それもあるのですが、ハムレットを演じた役者の役の
青年(ややこしい(笑))は、ハムネットを演じていた少年の
実のお兄さんだそうで、似せてもいようけれど、
自然に似ていた訳でした

文字では制約もあり、叶うなら吹替でもう一度見て
みたいと思いました

|

« (覚えとして)舞台「メアリースチュアート」と映画「エリザベス」登場人物対象 | トップページ | 夏は「水滸伝展」! »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。